(チェコ語訳された江戸川乱歩「心理試験」(1925)の日本語試訳)

サイトウは一年ほど前、ある上流夫人から部屋を借りた。高級住宅街にぽつんと建つ屋敷の一部屋である。
所有者は、さる政府官僚の未亡人で、六十歳ぐらいの老婦人だった。
夫人に子どもはなかったが、夫が死後のこしてくれたいくつかの家の家賃収入で、贅沢に暮らすことができていた。それなのに夫人はこう言うのだった。「おカネだけですわ、頼りになるのは」。だから欲深いことに、信用のおける知人たちに、大金ではなかったがカネをさらに貸しつけて、それで得た利息のおかげで、財産をじわじわともっと増やしていき、それが夫人にこの上ない喜びをもたらしているのだった。
夫人がサイトウに部屋を貸したのは、金銭欲からだけではなく、屋敷にいて、夫人自身、まったく安全なように感じていなかったからでもあった。
夫人の蓄えが毎月、家賃のおかげだけで増えていったことは予想がついた。そのうえ、噂によると、吝嗇家がみんなそうであるように――そして世界じゅうどこでもいつもそうであったが――銀行口座のかなりの預金に加えて、さらに、巨額の現金を、自宅の秘密の隠し場所に貯めこんでいるということだった。

フキヤは誘惑に負け、そのカネを手に入れようと決心した。
だって、そんな年取って老いぼれた婆さんが持っていても、まったく無意味ではないか。
希望に満ちた未来のある若者であるフキヤが、そのカネを学費の支払いに利用するほうが、まったくもって、ずっと道理にかなっているのではあるまいか?
要約すると、そういうことがフキヤの理論であった。
そういうわけでフキヤは、秘密のカネの隠し場所を見つけるべく、老夫人について、できるかぎりどんな情報でもサイトウから聞き出した。
その後フキヤは、老夫人がカネをどこに隠しているか、サイトウが見つけたと聞いたが、それからどうするか、とくに考えはなかった。

【江戸川乱歩原文】
 斎藤は、一年ばかり前から、山の手のある淋しい屋敷町の素人屋に部屋を借りていた。その家の主は、官吏の未亡人で、といっても、もう六十に近い老婆だったが、亡夫の遺して行った数軒の借家から上る利益で、十分生活が出来るにも拘わらず、子供を恵まれなかった彼女は、「ただもうお金がたよりだ」といって、確実な知合いに小金を貸したりして、少しずつ貯金を殖やして行くのを此上もない楽しみにしていた。斎藤に部屋を貸したのも、一つは女ばかりの暮しでは不用心だからという理由もあっただろうが、一方では部屋代丈けでも、毎月の貯金額が殖えることを勘定に入れていたに相違ない。そして彼女は、今時余り聞かぬ話だけれども、守銭奴の心理は、古今東西を通じて同じものと見える、表面的な銀行預金の外に、莫大な現金を自宅のある秘密な場所へ隠しているという噂だった。
 蕗屋はこの金に誘惑を感じたのだ。あのおいぼれが、そんな大金を持っているということに何の価値がある。それを俺の様な未来のある青年の学資に使用するのは、極めて合理的なことではないか。簡単に云えば、これが彼の理論だった。そこで彼は、斎藤を通じて出来る丈け老婆についての智識を得ようとした。その大金の秘密な隠し場所を探ろうとした。併し彼は、ある時斎藤が、偶然その隠し場所を発見したということを聞くまでは、別に確定的な考えを持っていた訳でもなかった。

※1 「子どもがいなかった」が、原文では、未亡人がおカネに頼る理由になっているが、チェコ語訳では、そのニュアンスは出ていないと思う。
※2 未亡人がサイトウに部屋を貸した理由が、原文では、貯金を増やすことに力点があるように感じるが、チェコ語訳は逆だと思う。
※3 vzdy a vsude na sveteは文字通り訳せば「世界じゅうどこでもいつも」だけど、そうか、「古今東西」とすれば、スマートだな。

[PR]
f0008729_12421198.jpeg

[PR]
兵庫芸術文化センター管弦楽団第108回定期演奏会
ハイドン:オラトリオ「天地創造」
指揮・芸術監督:佐渡裕
天使ガブリエル、イヴ:幸田浩子(ソプラノ)
天使ウリエル:吉田浩之(テノール)
天使ラファエル、アダム:キュウ・ウォン・ハン(バリトン)
合唱:ひょうごプロデュースオペラ合唱団、オープニング記念第9合唱団

第1部は、ピッチもリズムも何か芯をはずしているというか(個人の感想です)、とくにオーケストラだけのところは聴いていてヒヤヒヤしたが、休憩をはさんだ第2部以降は、持ち直した。
そうねぇ、前に定期会員だった2015-16シーズンのオケより少しよくないかな、という気がする。
けど、若いオケだし、今後の成長に期待したい。

歌手陣は、キュウ・ウォン・ハンは歌も立ち姿もすばらしかった。
合唱もとてもよかった。
(ハイドンは、高尚というか、俗っぽさがないというか、素人が聴くにはちとつらいものがある。
【追記】録画番組を整理していると、昨年のルツェルン音楽祭のサイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルの「天地創造」があったので、第1部だけ聴いてみた。
すると、歌詞を、オケ、歌手、合唱がそれぞれ見事に表現していることがよくわかり、退屈するどころの話ではなかった。
指揮者でハイドンを重視する人が多いわけが、少しわかった。)

…と思っていたら、帰り、高校の合唱部の2年先輩にばったり会った。
アルトの同学年の人と、もう2年先輩のソプラノの人が、合唱団に参加していたという(ソプラノの先輩は京都市立芸大卒。あの合唱団って、どういう人が参加しているのだろうと今までわからなかったが、そういうレベルの高い人で構成されていることがわかった)。
それで、別のアルトの同学年の人と一緒に聴きに来られていたのだとか(高校のころは大人びた雰囲気の人だったが、今は、そのころの蠱惑的な雰囲気は残しつつかわいらしい感じとなられていた)。

それにしても客席の、60代・70代率の高さよ。
まあ、自分だってもう若くはないけれど。

晩ごはんは、芦屋の中華「チィナ」で。おいしかった。

[PR]
第109回酒蔵文化道場「北前船交易がもたらした和食文化―越前若狭と昆布」(講師:奥井海生堂代表取締役社長・奥井隆氏)を聞きに行った。
講演自体も非常に勉強になったが、収穫地の異なる昆布だしの試飲もさせていただき、味わいの違いを実感した。
家庭料理には、羅臼昆布が扱いやすいでしょう、とのことだった(最高級品とされるのは利尻昆布であるが、だしの引き方がむずかしいのだろう)。
会場で、奥井氏の著書『昆布と日本人』を購入して、サインをしていただいた。

[PR]
◆9月9日(日)
泊まった「長崎ブルースカイホテル」は、畳敷きの部屋で、布団に寝た(全部の部屋がそうかは、知らない)。
長崎の夜景を見る名所は「稲佐山」というところで、このホテル以外にも、稲佐山にはいくつもホテルが建っている。
神戸の人間だから、坂道には慣れているけど、昨夜、山の半ばでツアーバスからホテルの送迎バスに乗り換えると、ロープウェイほどに傾いているのには、驚いた。

f0008729_11133042.jpg
軍艦島への船に乗るために、長崎港へ移動。
添乗員さんによると、軍艦島クルーズは5社の船があり、うち1社は漁船のように小さい船なので、ほぼ4社であり、今回乗る「やまさ海運」の船は比較的大きいので、船酔いしにくいという。
どこの会社でも同様だと思うけど、軍艦島見学にあたっては、
「見学施設区域以外の区域に立ち入らない」「見学施設においては、次の行為をしない」
等を誓約する「誓約書」を提出する。

前日から、添乗員さんから「軍艦島クルーズは、波が高かったり、天候によっては船が出ないこともあり、船が出ても船長判断で上陸できないこともあります」と念を押されていたが、今日は、雨がぱらつくものの、船は出るようだ。
しかし船は出ても、上陸できるかどうかはわからない、と念を押される(上陸できないときは、船で島のまわりを回って、乗船料のうち上陸料300円が返金されるそうだ)。
あとから知ったが、8月の同じツアーでは上陸できなかったそうで、お客さんから責められたりしたのかもしれないなぁ(そういえば、流氷を見る北海道ツアーのときも、見学船に乗る直前まで、流氷が見られるかどうか、添乗員さんはものすごく慎重だった)。

f0008729_11141644.jpg
出航。
これから乗る人のために言っておくと、やまさ海運のマルベージャ号に関しては、行きは、進行方向に向かって右側に座るほうがいいかもしれない。
というのは、見える景色などについて船内アナウンスがあるのだが、おもに進行方向に向かって右側について説明されるから。
こういう二者択一は必ず外すわたしは、当然、左側に座っており、やや残念だった。
f0008729_11151960.jpg
とはいえ、海の風景が見えることに違いはなく、説明はわかりやすく(おまけに素敵なバリトンボイス)、充分に楽しめた。

f0008729_11155638.jpg
f0008729_11164290.jpg
乗ること30分。軍艦島が見えてきた。
上陸すると、2班ぐらいに分かれ、いくつかの案内ポイントに移動して、そこにいらっしゃるガイドさんの説明を伺う。

わたしは、軍艦島が廃墟であることぐらいしか知らずに訪れたのだが、ここは「明治日本の産業革命遺産」であり、「軍艦島」は通称で、正式には「端島(はしま)」という。
廃墟ということは、それ以前には「町」があったわけで、それは、長崎沖合の海底炭鉱から石炭を採掘するためだけにつくられた町。
その海底炭鉱は海底下600〜1000メートルのところだという。
東京スカイツリーが634メートル、海底深く、あの距離を沈んで石炭を掘るとは、この世の地獄のようは仕事ではないか(と、わたしはいたく驚嘆したのだが、海底であれ陸地であれ、石炭や鉱物の採掘というのは、そういう仕事だと指摘された。そういえば、外国の鉱山で、事故で労働者が、地下の奥深くに閉じ込められたことがあった)。

そして、その労働対価はなかなかによかったのだろう、集合住宅の屋上には、昭和30年代、すでにテレビアンテナが林立していたという。
テレビだけでなく、いわゆる「三種の神器」といわれた洗濯機、冷蔵庫、テレビの普及率も一般家庭より高かったという。

「この世の地獄」と、ごく普通の暮らしとが、周囲約1200メートルの小さな島にひしめき合って存在した不思議。
島に日本最初の鉄筋高層アパートが完成したのが1916(大正5)年、その後、アパートは増え、小中学校、幼稚園、スナック、神社、寺などが建てられ、当時の東京以上の人口密度となるほど繁栄し、そして、炭鉱閉鎖によって1974(昭和49)年、島からすべての人間が去っていった。
そして2015年に「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として、世界文化遺産に認定された。
人間の営みの縮図を見るようだ。

f0008729_11173254.jpg
f0008729_11175583.jpg
f0008729_11191079.jpg
子どものためにつくられたプールの跡。海水を引き込んだという。

帰りの船は、島を(たぶん)半周してから長崎港へ向かうが、右側に座っても左側に座っても島がよく見えるよう、途中で方向を変えるので、どちらに座っても大丈夫。
f0008729_11213110.jpg
いわゆる、「軍艦島らしい島影」が見えるポイントも通ってくれる。
下船後、上陸証明書をもらった(島で説明を聞いたガイドさんによると上陸の確率は3分の2だとか)。
f0008729_11230217.jpg
さて、このあとは福岡県の宗像(むなかた)大社へ長距離移動なので、昼食はバスの中で中華弁当をいただく。

写真の日時情報によると、14時20分に宗像大社辺津宮(へつぐう)に到着。
この日は、バスの外に出ているときに雨こそ降らなかったが、今にも降りそうで、ご覧のとおり写真があまりよく撮れていない…こともあるが、「宗像大社辺津宮、何がよかった?」と聞かれると、答えるのがむずかしい。
よくなかったわけではなく、むしろ、辺津宮、中津宮(なかつぐう)、沖津宮(おきつぐう)の三つの神社がある宗像大社の信仰の歴史が、短い時間の訪問ながら感じられて、行くことができてとてもよかったと思っているのだが、どう書いたらいいだろう。

一つだけ、「高宮祭場(たかみやさいじょう)」のことを書いておきたい。
宗像大社辺津宮には、いわゆる本殿も拝殿もあり、国の重要文化財で、大変立派なものだったけど、それにもまして、社殿が建立される以前の古代祭祀を継承する場所である、高宮祭場が非常に印象的だった。
f0008729_12001727.jpg
辺津宮自体は町なかにあるのだが、境内を奥に進んでいくと、様子が一変してまるで森のようになり、階段をのぼっていって、ようやく着く。
f0008729_12004454.jpg
宗像大神(むなかたおおかみ)降臨の地と伝えられ、沖ノ島と並ぶ、宗像大社境内で最も神聖な場所の一つだという。
樹木が依代(よりしろ)とのことで、沖縄で見た、斎場「御嶽(うたき)」と雰囲気が似ているように感じた。

もう一つ印象的だったのは、戦前は宗像大社も困窮していた時期があったとのことで、麻生太吉氏(麻生太郎さんのひいおじいさん)や出光佐三氏が大きな支援をしていたことだ。

f0008729_12010394.jpg
御朱印をいただいた。

これで、観光は終了。
大分空港へ(御朱印の写真が15時半、大分空港着が17時45分。ドライバーさん、2日間ありがとうございました。おそらく、われわれが下りたあと熊本に戻られたのだと思う)。
伊丹空港からの飛行機が遅れているとのことで、折り返しのわれわれの便が、伊丹空港の運用時間内に戻れるかギリギリとなったようではあるが、予定では19時25分発のところ55分ぐらいに出発(なんでも、20時までに出発しないと、伊丹空港に着陸できないような事態になっていたそうだ)。
出発までは、空港内のレストラン「なゝ瀬」で、地ビールやとり天を楽しんだ。
f0008729_12021996.jpg
店を出るとき、辻井伸行さんご一行をお見かけした(その日、ファジル・サイやレ・フレールとのコンサートが大分市内であったようだ)。20時発の羽田空港行きだったんだろうな。

そんなわけで、伊丹空港着は予定より遅れたが無事に戻り、帰宅した。
慌ただしかったけど、楽しい2日間だった。

[PR]
九州の世界遺産と熊本城を一泊二日で回る、ものすごい移動距離のツアーに参加してきた(クラブツーリズム)。
バスに乗っている時間が長かったなーでも、楽しかった。

◆9月8日(土)
伊丹空港7時5分発の日本航空2383便で、熊本空港へ(8時15分着)。
伊丹空港の集合時間は6時20分。阪神甲子園駅発の空港バスでは5分ほど遅れることになり、事前に旅行会社に問い合わせたら「遅刻は困る」ということだったので、阪急―モノレールで間に合うように行った。
f0008729_13135511.jpg
小さな飛行機。
f0008729_13142455.jpg
熊本空港到着!

ツアー参加者は10人と少人数で、移動のバスは1人2席ゆったり座れるようだ。バスで熊本城へ。
地震で熊本城が大きな被害を受けたことは知っていたけど、その復旧作業で、大半のエリアに入れないことは、理解していなかった。
通常なら、駐車場から大手門へと入ることができるが、それができず、二の丸広場沿いに戌亥(いぬい)櫓へと回っていく。
f0008729_13160296.jpg
戌亥櫓を支える石垣も、崩れている。
f0008729_13162893.jpg
加藤神社へ。
f0008729_13172488.jpg
加藤神社から天守を望む。
f0008729_13175456.jpg
御朱印をいただいた。

バスで、昼食を取る天草パールセンターへ移動。
f0008729_13365132.jpg
どこをどう走ったのか、あまり理解できていないが、途中、車窓から見た干潟のような海が印象的だった。
f0008729_13371399.jpg
昼食は、たこ飯膳。お刺身もおいしかった。
f0008729_13373420.jpg
センター前にある天草四郎像と、バックは天草五橋の一つ…四号橋(前島橋)だと思うけど、もしかしたら三号橋(中の橋)かもしれない。

それから、先日、ユネスコの世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として認定された、「天草の崎津(さきつ)集落」へ。
f0008729_13391074.jpg
ガイドさん曰く「『天草崩れ』の舞台として、世界文化遺産の構成遺産としては崎津教会よりも重要な」崎津諏訪(すわ)神社。
f0008729_13392221.jpg
神社鳥居から、崎津教会が見える。
f0008729_13393653.jpg
崎津教会。長崎の建築家・鉄川与助により1934(昭和9)年に建てられたゴシック様式の教会。内部は畳敷き。
(崎津集落見学時、ものすごい土砂降りだった。そんななか詳しく説明してくださった地元ガイドさん、ありがとうございました。)

それから、フェリーとバスで、長崎市内へ。
f0008729_13395533.jpg
部屋から長崎の夜景が見えた。香港の夜景を思い出させる、なかなかの美しさ。

〔初日〕
熊本空港から熊本城 18キロ(距離はすべて概数)
熊本城から天草パールセンター 55キロ
天草パールセンターから崎津教会 62キロ
崎津教会から鬼池港 43キロ
鬼池港から口之津港 9キロ
口之津港から長崎市 66キロ
 計       253キロ
(ちなみに、「大阪市から浜松市 距離」で検索すると、京都経由で268キロ)

〔2日目〕
長崎港から軍艦島 往復 36キロ
長崎港から宗像大社 180キロ
宗像大社から大分空港 160キロ
 計       376キロ
(ちなみに、「大阪市から静岡県富士川 距離」で検索すると、京都経由で386キロ)


[PR]
(チェコ語訳された江戸川乱歩「心理試験」(1925)の日本語試訳)

フキヤ・セイイチロウが、あんな恐ろしい悪事を犯すことを決心した理由は、私にはわからない。
たとえ知っていたとしても、多少違う話になったというだけで、大差なかろう。
フキヤは、カネをあまり持っていなかった。だから、大学の学費に充てるために、副業に励んでいた。
授業料に充てるカネが足りなかったことが、フキヤを悪行に駆り立てたのかもしれない。
フキヤは並外れて才能のある青年であり、そのうえ、とても勤勉でまじめな学生であったから、大好きな読書や思索にふけることに、自分の貴重な時間をすべて割けないことを残念に思っていたのは確かだった。というのは、おもしろくもない副業に時間をいくぶんか奪われるからである。
けれども人は、そういった理由から、あんなゆゆしき悪事をしでかすことは、まずない。
あるいはフキヤは、生まれながらにして、そういったことを犯すよう運命づけられていたのかもしれない。
あるいは、授業料に充てるカネが必要だったことのほかに、フキヤがあの行為に至った、何かもっと別の理由があるのかもしれない。
いずれにせよ、半年ほど前のいつのころか、フキヤは人を殺すことを考え始め、延々とためらい、熟考したのち、ついに自身の計画を実現させることを決意したのだった。

すべての始まりは、フキヤがたまたま、同級生のサイトウ・イサムと親しくなったことだった。
二人の関係は、互いにどちらからとくに働きかけたということなく、自然に生まれたものだった。あたかも何やらぼんやりとした目的を追うかのようにして、いつのまにか、フキヤはサイトウに次第に近づいていた。
そして、二人の友情が深まるにつれて、フキヤのその目的も、次第にはっきりとしてくるのだった。

【江戸川乱歩原文】
 蕗屋清一郎が、何故これから記す様な恐ろしい悪事を思立ったか、その動機については詳しいことは分らぬ。又仮令分ったとしてもこのお話には大して関係がないのだ。彼がなかば苦学見たいなことをして、ある大学に通っていた所を見ると、学資の必要に迫られたのかとも考えられる。彼は稀に見る秀才で、而も非常な勉強家だったから、学資を得る為に、つまらぬ内職に時を取られて、好きな読書や思索が十分出来ないのを残念に思っていたのは確かだ。だが、その位の理由で、人間はあんな大罪を犯すものだろうか。恐らく彼は先天的の悪人だったのかも知れない。そして、学資ばかりでなく他の様々な慾望を抑え兼ねたのかも知れない。それは兎も角、彼がそれを思いついてから、もう半年になる。その間、彼は迷いに迷い、考えに考えた揚句、結局やッつけることに決心したのだ。
 ある時、彼はふとしたことから、同級生の斎藤勇と親しくなった。それが事の起りだった。初めは無論何の成心があった訳ではなかった。併し中途から、彼はあるおぼろげな目的を抱いて斎藤に接近して行った。そして、接近して行くに随って、そのおぼろげな目的が段々はっきりして来た。

[PR]
英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2017/18の締めくくり、新演出の『白鳥の湖』を観に行く。
31歳の若き俊英振付家、リアム・スカーレットによる新しい設定が加わった新演出。振付は、リアム・スカーレットとフレデリック・アシュトン。

大筋の物語は従来版と同じだが、
・王様がもう亡くなっているようで、ロットバルトが女王の側近として宮廷に入っている。
・道化は登場せず、そのぶん、ジークフリート王子の友人ベンノのアレクサンダー・キャンベルが存分に踊る。
・王子の妹たち2人も登場、ベンノとパ・ド・トロワのシーンがある。

舞台美術と衣裳を、今までもスカーレットと組んできた、画家でもあるジョン・マクファーレンが担当、この舞台美術と衣裳がすばらしい!
第1幕の王宮前の森も、第2幕のおぼろな満月に照らされた湖も、英国の風景画のようで、端正なのに幽玄が漂っている。
登場人物たちは、まるでレンブラントやルーベンスの歴史画から抜け出てきたような豪華さと気品がある(日本の舞台衣装って、バレエに限らず、仕立てが一重のような、一見無駄に見えるひだとか生地の重なりってないと思うけど、「まあ、よくこれで踊れるもの」という重厚な衣裳)。
人物たちの額縁となる舞台美術も、安っぽさが全然ない(とくに、舞踏会の第3幕、宮廷内の美術は、すばらしい)。

そうねぇ、衣裳で一つだけ言うことがあるとすれば…本来の姿のロットバルト。文鳥飼いからすると、あのスカスカの黒い羽や頭が、なんだか換羽中の何か黒い鳥のよう(オデットのマリアネラ・ヌニェスは結構な筋肉質なので、やっつけられそうな気もしたり)。
(そしてロットバルトは、宮中にいるときは、青白く無表情で不自然な富士びたいで、「パタリロ!」のバンコランを連想させるのであった…。)

【以下、ラストシーンについて触れます】

音楽評論家の東条碩夫さんは、このプロダクションのラストについて、ブログで
〈物語の最後は、プティパの振付に従い、やはり悲劇的な形で終る(私はどうもこれは好きではない。チャイコフスキーの音楽は、物語が明らかに愛の勝利で終ることを示しているからである)〉
と評されている。
そうね、音楽は確かにそうなんだけど、物語としては、
「ジークフリート王子とオデットは結婚してめでたしめでたし」
よりも、悲劇的に終わって、愛のはかなさと、死をもっても消え去ることのない愛の美しさと強さを示すほうが優れているように思う。
この版では、「死ぬことで呪いを解いた」オデットの亡きがらを、ジークフリートが抱き上げるところで終わるのは、すてきだった。

ジークフリート王子のワディム・ムンタギロフは、踊りも演技もすばらしかった。
マリアネラ・ヌニェスは、シネマという至近距離で見ると、腕も脚も背中も結構な筋肉で、3幕のオディールがはまっていたように思う(というか、激しくて王子を明らかに誘惑しようとしているオディールのほうが、おそらく誰にとっても演じやすいのだろう)。

同じスカーレット振付の『フランケンシュタイン』と似た構造だな、と思った。
『フランケンシュタイン』では、亡くなった母への渇望。
この『白鳥の湖』では、父王亡きあと、側近のロットバルトが女王にべったりくっついていて、ジークフリート王子と意思の疎通ができない。
フランケンシュタインもジークフリート王子も、大人になりきれない、悩める青年。
そして、愛は成就しない。

わたしは、今まで見た『白鳥の湖』で、物語として好きなのは、ボリショイ・バレエの、ロットバルトがジークフリートに影のようになって同じ踊りをする版。
マリインスキー・バレエの、圧倒的にかっこよかった、黒くて大きな翼をバッサバッサ打ち振るロットバルトも、あれはあれで、よかった。
舞台美術と衣裳は、このスカーレット版かな。

ロイヤル・バレエ『白鳥の湖』
【振付】マリウス・プティパ/レフ・イワノフ 【追加振付】リアム・スカーレット/フレデリック・アシュトン
【演出】リアム・スカーレット
【美術・衣装】ジョン・マクファーレン
【作曲】P. I. チャイコフスキー
【指揮】クン・ケセルス
【出演】マリアネラ・ヌニェス(オデット/オディール)
ワディム・ムンタギロフ(ジークフリート王子)
ベネット・ガートサイド(ロットバルト:悪魔/女王の側近)
エリザベス・マクゴリアン(女王)
アレクサンダー・キャンベル(ベンノ:ジークフリートの友人)
高田茜、フランチェスカ・ヘイワード(ジークフリート王子の友人たち)

演奏は、もちろん英国ロイヤル・オペラハウス管弦楽団。
3幕のスパニッシュダンスの、カスタネット、うまい!(もちろん、ほかも上手なんだけど)
やっぱり、リズムを正確に刻むだけではなく、強弱や表情をつけることが大事なのではないかと、先日の「ドン・キホーテ」のカスタネットの単調さと比べて思った。

晩ごはんは、阪急芦屋川駅近くの焼鳥屋さん「八光(やちみつ)屋」へ。おいしかった。

[PR]
小津「東京暮色」:「東京物語」以外で、小津の映画を初めて見た。たいてい、台詞を発する俳優の正面に回りこむカメラ、会話のシーンのときには律儀に正面向きの俳優の顔が画面上で切り替わり、果たして、映画の中のこの二人は本当に「対話」しているのかと不安になる。また、岩合さんの「ねこ歩き」のように、常に俳優の行く手でローアングルで待ち構えるカメラ。誰の視点なんだろう? モノクロのせいもあり、なんだかホラー映画のように怖い気さえするのだった。有馬稲子演じる次女がかわいそうすぎる。
プラド美術館展:見に行った。
プーシキン美術館展:見に行った。
小宇宙:餃子屋さん。8月、とある義理の用事で出かけた帰りに、食べに行った。
テレビ:今期は、月曜日「ラストチャンス」、火曜日「義母と娘のブルース」、水曜日「高嶺の花」、金曜日「透明なゆりかご」と見ていて、1週間が早かった。
「高嶺の花」は、そんなに出来がいいわけではないが、石原さとみと芳根京子がかわいく、見てしまった。スランプに悩む映画監督(=自分自身)を題材にしたフェリーニの「8 1/2」の野島伸司版だ…というネットの書き込みを見て、納得。なるほど、「もうひとりの自分」が見えなくなった天才華道家のももも、もう一人の天才の兵馬も、秘めたる才能がありながらただの自転車屋として暮らすぷーさんも、もっと自分は評価されるはずとギラギラしている兵馬の異母弟も、偉大な家元として周囲を振り回すもも・ななの父も、みんな野島さんが投影されている。
「義母と娘のブルース」は、娘を子役から大人役に切り替えてから、子役の表情のくせをよく引き継いでいて、感心した。
「透明なゆりかご」は、さすがNHK。なのになぜ、朝ドラや大河ドラマが、あんなことになるのか。

[PR]
バレエの「ドン・キホーテ」を全幕で見るのは、初めて。
キトリとバジルをマリーヤ・アレクサンドロワとウラディスラフ・ラントラートフを見るのも初めて。
2人は、ボリショイ・バレエのプリンシパルらしい、アレクサンドロワのほうは「退団」のネット記事も出てるけど…ぐらいの予備知識で、観に行った。

第1幕のキトリのヴァリエーションは、最初、アレクサンドロワとオーケストラの息が合っていない感じがしたし、ひょっとして体調がよくないのかな?と心配になるくらいだったが、その後、バジルがギターを持って登場して二人の踊りになると、ラントラートフが素人目にもわかるほど出し惜しみなしのフルスロットルで踊っていて、それにつられるというか、半ば対抗するかのようにアレクサンドロワのテンションが上がってきたかのようで、「最初の、あの印象はなんだったんだろ?」と思うぐらい、踊りに魅力が増していった。
お二人は、私生活でもパートナーとのことだが、ダンサーとしてのコンビネーションもすばらしい。
フィギュアスケートのアイスダンスやペアでは、カップルの相性が演技をよりよくすることを何度も見てきたけど、バレエで、ここまでコンビネーションの妙を感じたのは初めてだった。

そして、ラントラートフがすばらしい!
1988年生まれの30歳という、ダンサーとして、技術と経験と身体能力の3つとも頂点の年代、いや、そんなことより、まさに少女漫画から抜け出してきたようなスタイルに端正な顔立ち。バレエを観ているとスタイルのいい美男美女だらけなので、あまりそういうことに驚かなくなっていくけど、それでも驚くほどの輝かしさ。
それに、容姿が美しくて技術的にとくに欠点がなくても、なぜかもっさりしていて魅力を感じない男性ダンサーってわりにいるけど(個人的感想)、ラントラートフは、「陽」のオーラを放ちまくりで(自分の知っている範囲で似ているというと、フィギュアスケートのプルシェンコ)、ひと目で惹きこまれてしまう。この人がパートナーなら、低テンションだったとしても、つられて自分もテンションが上がりそう、と思えるような。

ラントラートフが一瞬手を離すスローリフトも、片手でのリフトも、すばらしかったなぁ。
アレクサンドロワは、第2幕のフェッテはシングルだけだった(と思う)けど、それでも、ドゥルシネア姫のシーンの気品の高さも含め、ちゃきちゃきの町娘キトリとして、申し分なかった。
(あのフェッテのところで、「大阪では手拍子が起きて、観客のレベルが低い」というネットでの書き込みを見た。
わたしもしたけど…そんなに悪いかな? 音楽とリズムは合っていたし。全体的な雰囲気も悪くなかったと思うのだが。)
二人の、スパニッシュダンスっぽい踊りも、かっこよかった。

(この2人があまりにすてきですばらしくて、翌々日もぼーっとしていて、スポーツクラブに行く時間を1時間、間違えたほどだった。)

主役の二人以外は、東京バレエ団が務めた。
舞台装置も、東京バレエ団のものだったのかしら? 舞台装置はきちんと作りこんだ印象で、よかった。
ドン・キホーテの木村和夫は、「ラ・マンチャの男」での松本幸四郎(当時)のドン・キホーテを思い起こさせるものがあり、よかったと思う。
サンチョ・パンサの岡崎隼也も好演。

エスパーダの柄本弾、メルセデスの伝田陽美は、見ているときは好演と思ったけど、くわしいストーリーを調べてみると、
「花形闘牛士エスパーダ」「メルセデスとエスパーダは恋人同士だが、自由を求めるジプシー女であるメルセデスは束縛を嫌い、エスパーダとの間にいろいろある」
ということで、そう思うと、物足りなかった。

もっと努力してほしいのが、闘牛士の群舞。
なんていうのかなぁ、誰も、「オレを見ろ!」感がない。
バジルよりも、エスパーダよりも、オレのほうが跳べるぞ、回れるぞ、という野心を発しているダンサーが、いない。
やっぱり、いい意味で野心を発揮して、「柄本さんの次は、この人かな」と思わせてほしいもの。

第1幕第2場、ジプシーたちとのシーンで、よくわからない踊りがあった。
「貞子」みたいな女性が出てきて、物哀しげな踊りを踊る。まわりは、息を飲んだような感じ。
これも、調べてみると、「失恋したジプシーの若い女の狂おしい踊り」らしい。
長い黒髪のざんばら髪を振り乱しての踊りで、傷心を通り越して、気がふれたようにさえ見えてしまった。
ただこれは、ダンサーの技量の問題ではなく、振付・演出の問題のようで、誰が踊っても、そうらしい。
(「あらすじ」は、サイト「名作ドラマへの招待」に拠りました。)

東京バレエ団のキャストで印象に残ったのは、キューピッドの秋山瑛。すてきだった。

12月には、マリインスキー・バレエの「ドン・キホーテ」を観るのだが、よくも悪くも、ハードルが上がった。
今日と同様、すてきなバレエを見られたらいいな。

マリーヤ・アレクサンドロワの所属については、2017年2月にボリショイ・バレエ団からの退団を発表後、プリンシパルから契約ダンサーとなったようだ。
以前に見た、映画『ボリショイ・バビロン』(2015年)では、アキレス腱切断という大怪我からの復帰の様子が、描かれている(そういえば、そうだった)。
ボリショイ・バレエ団の芸術監督(当時)フィーリン襲撃事件などが起きたことや、怪我からの復帰のことや、1978年生まれということを思うと、今回、こんなにすてきな「ドン・キホーテ」を観ることができて、本当によかったと思った。

第15回世界バレエフェスティバル 全幕特別プロ「ドン・キホーテ」
振付:ウラジーミル・ワシーリエフ
   (マリウス・プティパ/アレクサンドル・ゴールスキーによる)
音楽:レオン・ミンクス

主な配役
キトリ/ドゥルシネア姫:マリーヤ・アレクサンドロワ
バジル:ウラディスラフ・ラントラートフ
ドン・キホーテ:木村和夫
サンチョ・パンサ:岡崎隼也
ガマーシュ:樋口祐輝
メルセデス:伝田陽美
エスパーダ:柄本弾
ロレンツォ:永田雄大

指揮:ワレリー・オブジャニコフ(東京公演では、「白鳥の湖」を振りながら観客席に聞こえるぐらいに歌っていたらしいが、この日も聞こえていた気がする)
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団(スパニッシュ風の音楽での、小太鼓、カスタネットがイマイチ…)

夕食は、中之島のスペイン料理「エル・ポニエンテ」。


[PR]