ロイヤル・バレエ『マノン』
【振付】ケネス・マクミラン 【音楽】ジュール・マスネ 【指揮】マーティン・イェーツ
【出演】サラ・ラム(マノン)、ワディム・ムンタギロフ(デ・グリュー)、平野亮一(レスコー)、イツァール・メンディザバル(レスコーの愛人)、ギャリー・エイヴィス(G.M.)

美しい少女マノンと、学生デ・グリューの恋の悲劇のバレエ化作品。

この『マノン』で使われている音楽は、ジュール・マスネのものだが、
「(1974年3月の英国ロイヤル・バレエでの初演時)じつはマクミランは当初プッチーニのオペラ《マノン・レスコー》を想定していたが、使用料がかかるからとロイヤルオペラハウス上層部から待ったがかかった。そこですでに著作権保護期間の過ぎていたマスネに目を転じ、さらに作曲家・指揮者のレイトン・ルーカスの勧めで、すでに当時のイギリスでも広く知られ、イメージの固定しているオペラそのものより、同じ作曲家のあまり知られていない別の楽曲を編曲して用いることになった」(長野由紀「マノン 作品解説」『アメリカン・バレエ・シアター 2014年日本公演パンフレット』より)

そのため、マスネの曲のいわば「寄せ集め」だったため、元の曲が、あるものは管弦楽だったり、あるものは歌曲のテノール部分をほかの楽器に割り当てたりということで、今回の指揮を手がけたロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団のマーティン・イェーツは、曲によって楽器編成が異なっていて、ハーモニーに問題を感じており、2011年に、バレエ組曲のように再編曲し、今回もそれを使用したとのこと。

とはいえ、バレエ『マノン』は音楽的にも成功していて、最初のパ・ド・ドゥや物語の要所で登場する「エレジー」の哀切なメロディーはよく知られている。

あと、幕間の、マクミラン夫人へのインタビューで「ほぅ」と思ったのが、マクミランは『マノン』振付時、フィギュアスケートが好きで影響を受けていたということ。
インタビュアーの元プリンシパル、ダーシー・バッセルは、
「だから、『マノン』はリフトでもつねに動いていて、傾いているのですね」
と大いに納得していた。
動きそのものもさることながら、バレエよりあとから発達したフィギュアスケートが、バレエに影響を与えることもあるんだなと、わたしの「ほぅ」は、その「ほぅ」であった。

『マノン』は、アメリカン・バレエ・シアター(マノン:ディアナ・ヴィシニョーワ、デ・グリュー:マルセロ・ゴメス)と、映画でオペラ座バレエ(マノン:オーレリ・デュポン、デ・グリュー:ロベルト・ボッレ)を観ている。
2014年2月のアメリカン・バレエ・シアターのものは、バレエの全幕もののよさが初めて理解できた、その後、バレエ観劇に熱心になった、画期となった公演である。
デュポンの『マノン』は、映画ではあったけど、強烈だった。
主役マノンがよく記憶に残っているのがデュポンのほうなので、今回のサラ・ラムのマノンは、どうしてもそれとの比較になる(アメリカン・バレエ・シアターの『マノン』は、ものすごくよかったという全体的な記憶は残っているのだが、ダンサーの記憶となると、マノンの兄レスコーのダニール・シムキンのかわいさばかりが残っている)。

デュポンのマノンは、まさしく「ファム・ファタル」で、第3幕「沼地のパ・ド・ドゥ」など肉感的で、恋人たちの愛情が、なまなましく迫ってきた。
サラ・ラムは、やはり可憐さが持ち味であり、
「道徳観というものを全く持たず、欲望のおもむくままに生きる美女」(長野由紀「マノン 作品解説」)
というより、ただただ賢さを持ち合わせない、かわいそうでいたいけな、というマノン像となる。

第2幕の娼館のシーンだったか、マノンが男性たちのあいだで次から次に受け渡される振付があったが、まさに、あれ。
この物語のなかで、マノンが自分の意思で動いたのは、第1幕にデ・グリューと駆け落ちしたときだけであり、あとは、兄やG.M.や警察の、強要やカネや権力によって、右に左に動かされながら、ただ落ちていく。

ワディム・ムンタギロフのデ・グリューも、持ち味に合っていて、非常によかった。
第1幕、マノンに出会ったシーンから恋に落ちていたのを、よく表現していた。むずかしいリフトも、よくこなしていたと思う。
レスコーの平野亮一(第2幕の幕切れ、あんなに鬼気迫る演出って、今まであったかな?)、G.M.のギャリー・エイヴィス(ヘンタイ加減は、オペラ座バレエのバンジャマン・ペッシュほどではなかったか…)も、舞台をよく引き締め、盛り上げていた。
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梅仕事、今年もやっていて、
・関西スーパーの徳島の青梅で、梅シロップと梅ジャムと梅の甘露煮
・きれいな梅の入荷するやや遠い八百屋さんの、和歌山の黄熟梅で、塩分17%梅干しと、塩分10%・砂糖20%の甘梅干し(いずれもジップロック漬け、土用干しはこれから)
・梅酒を漬けるのに、香りのよい福井産の「紅映(べにさし)」が関西スーパーに入荷するのを待っていたら、先日、同スーパーに、同じく福井産の「剣先」という青梅が入荷していた。
検索してみると、種が小さくて果肉の割合が高く、梅酒専用品種とのことで、購入して、梅酒を漬けた(梅500グラム、氷砂糖250グラム、ホワイトリカー900ミリリットル。一時は果実酒用ブランデーで漬けていたこともあったが、そのグレードではホワイトリカーと差はないように感じて、最近はホワイトリカーで漬けている)。どんな味か、楽しみ。
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写真は、その「剣先」を、漬ける前に、洗って乾かしているところ。
バックにいるのは、右が昨年末からいる桜文鳥アボットくんで、左は、日曜日に新たに加わったシルバー文鳥の華ちゃんである。
華ちゃんは、売り場では「手のり」表示がなく、店員さんに尋ねてみると、
「人間から挿し餌されて、最初は手のりだったはずだけど、店にいるうちに手に乗らなくなってしまって…。
でも、おうちでかわいがっているうちに、また乗るようになると思います」
とのこと。
うちで飼い始めて数日、まずは頭や肩や腕に乗るようになり、今日は、指や手のひらにも乗ってくれた。
性別は、売り場では「不明」の表示だったが、明らかにオスのアボットくんとは鳴き声や行動がだいぶん違うので、メスかなと推定している。

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英国ロイヤルバレエ『バーンスタイン・センテナリー』をTOHOシネマズ西宮OSへ観に行く。
「コンテンポラリーダンスはちょっと」と、当初は観に行くつもりはなかったが、評判がよさそうなので。
結果からいうと、観に行ってよかった。
バレエもいいんだけど、インタビューが充実しているのが、価値がある(その点、ボリショイ・バレエのシネマは、やや雑で残念)。

〈幽玄 Yugen〉
【振付】ウェイン・マクレガー 【指揮】クン・ケセルス
「バーンスタイン・センテナリー」とは、指揮者・作曲家として有名なバーンスタインの生誕100年を記念してつくられたバレエ作品のトリプル・ビル(「3本立て興行」の意味らしい)。
この「幽玄」の使用曲は、「チチェスター詩篇」(バーンスタイン指揮、イスラエル・フィルのを貼ってみる)。


ボーイソプラノの声が救済の響きのように流れるところなど、去年観た「ミサ」を思わせる。
男性も女性も、同じ形に見える、赤いノースリーブシャツにゆったりしたサルエルパンツという衣裳を身につけ、同じ衣裳を身につけることで却って、身体の男性らしさ、女性らしさが、いい意味で浮かび上がる。
インタビューでは確か「若者の通過儀礼がテーマ」と話していたと思うが、幕切れはそのようだったし、同時に、楽譜を赤い音符が跳びはねるようにも見え、何か「美しさそのもの」であるようにも見えた。
サラ・ラムが美しい。フェデリコ・ボネッリもやはり、すばらしいダンサー。
その他のダンサーたちもとてもよかったので、自分の勉強のため、ロイヤル・バレエの公式サイト掲載の顔写真を使わせていただき、合わせてダンサーとしての階級も書き出してみた。
ウィリアム・ブレイスウェルは、これからどんどん、出演が増えていくかもしれない。
ハリー・チャーチーズも印象的。
【出演】
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フェデリコ・ボネッリ Federico Bonelli プリンシパル
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ウィリアム・ブレイスウェル William Bracewell ソリスト
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ハリー・チャーチーズ Harry Churches アーティスト
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メリッサ・ハミルトン Melissa Hamilton ファーストソリスト
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フランチェスカ・ヘイワード Francesca Hayward プリンシパル
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桂千里(ちさと) アーティスト
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ポール・ケイ Paul Kay ソリスト
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サラ・ラム Sarah Lamb プリンシパル
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カルヴァン・リチャードソン Calvin Richardson ファーストアーティスト
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ジョセフ・シセンズ Joseph Sissens アーティスト
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高田茜 プリンシパル

〈不安の時代 The Age of Anxiety〉
【振付】リアム・スカーレット 【指揮】バリー・ワーズワース
使用曲は、交響曲第2番「不安の時代」。
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ニューヨークのバーとホテルの室内を舞台にした(どちらも舞台装置が、映画でも使えそうなほどつくりこまれていて、すばらしい)、昔のハリウッド映画の一場面のような、洒落た作品。
サラ・ラムが、まるで昔のハリウッドの美人女優のようで、「幽玄」とは違うおもむきの美しさを見せる(ハイヒールで踊るなんて! トレンチコートもすばらしく似合っていた)。
バーンスタインが抱えていた、宗教と性(的マイノリティ)がテーマのようなことを言っていた(もしかしたら「幽玄」についてだったかもしれないが、バーンスタインと切っても切れないテーマだから、この作品に投影して見ても構わないだろう)が、結局は、宗教的や性的に、マイノリティだろうとマジョリティだろうと、人間は、どうしようもないさびしさを抱えながら生きていくしかない、ホテルのシーンを見て、そんなことを思った。
そして、そんなふうに、寂しさと孤独にひどく打ちひしがれる夜を過ごしても、それでも人には平等に朝が来て、生きていくしかない―そう思わせる、ラストのニューヨークの摩天楼の、希望に満ちた夜明けのシーンだった(このシーン、トリスタン・ダイアーがよかった)。
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アレクサンダー・キャンベルは「くるみ割り人形」のときより、今回の役のほうが魅力的に感じた。
ベネット・ガートサイドは、大人の魅力を見せてくれた。
【出演】
サラ・ラム

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アレクサンダー・キャンベル Alexander Campbell プリンシパル
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ベネット・ガートサイド Bennet Gartside プリンシパル・キャラクターアーティスト
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トリスタン・ダイアー Tristan Dyer ソリスト

〈コリュバンテスの遊戯 Corybantic Games〉
【振付】クリストファー・ウィールドン 【指揮】クン・ケセルス
使用曲は、「セレナード」(ヴァイオリン協奏曲)。
「古代ギリシアの第1回オリンピックをイメージした」ということだったけど、この作品は、ちょっと退屈してしまった。
ローレン・カスバートソンと平野亮一のペアがよかった。
マシュー・ボールは、容姿が美しい。
マヤラ・マグリは、ちょっと野性的な感じがすてきだった。
【出演】
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マシュー・ボール Matthew Ball ファーストソリスト

ウィリアム・ブレイスウェル
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ローレン・カスバートソン Lauren Cuthbertson プリンシパル
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ティエニー・ヒープ Tierney Heap ソリスト
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平野亮一 プリンシパル
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マヤラ・マグリ Mayara Magri ソリスト
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マルチェリーノ・サンベ Marcelino Sambé ファーストソリスト
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ヤスミン・ナグディ Yasmine Naghdi プリンシパル
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ベアトリス・スティックス=ブルネル Beatriz Stix-Brunell ファーストソリスト

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「フィムファールムが欲しいんです」鍛冶屋は言います。
「魚たちの結婚式を邪魔しようというんなら、この鈍くさい奴め…」
「そんなことしたくありません、フィムファールムが欲しいんですよ」、そして鍛冶屋は、ふたたび事情を説明するのでした。
「そんなもの、知らんなぁ」チョフタンは言います、「あるというのなら、オレだって興味がある」
「悪魔どもは知っているのでは、それがどんなものか」鍛冶屋が言います。
「あ、そうだ、悪魔と言えばあの悪魔、お前さん、一人知っているじゃないか、ヤツに尋ねろよ!」
「どこにいるんでしょう?」
「今日が金曜日なら、今はもう使われていない水車小屋で、当直勤務の幽霊どもと、カードでマリアーシュ・ゲームをしているよ」

その日は金曜日でしたから、鍛冶屋はそこで、例の悪魔を見つけました。
挨拶もそこそこに、すぐさま、自分が手に入れなければならないもののことを説明しました。
「フィムファールムか」悪魔は言います、「渡すことはできる。
だが、タダじゃない。
フィムファールムと引き換えに、悪人三人の魂をくれ、それでいいか?
サンプル三体、地獄の展示に必要なのさ」
「そんなに大勢、悪い人間を知りませんよ」鍛冶屋は答えます。
「お前は『夢見る理想主義者』だからな。
オレがそいつらをいただくよ、お前さんがそれとわかったときに。
それでいいか?」
「かまいません」
「さて、こいつがフィムファールムだ」悪魔はそう言うと、ゴム製の長靴から小枝を抜き出してきました。極細のムチより毛の分ほど細いものです。
すぐに続けて、こう言いました。
「これは世界にたった一つしかない、すなわち、唯一無二のものだ!
これでひとたびムチ打てば、動いているものはすべて、固まり、像になったかのように動かなくなる。
もう一度ムチ打たないかぎり、動くことはない。
さあ、家に走って帰り、こっそり居間の上の屋根裏に忍びこめ。
ああ、銃は森に置いていくんだぞ!
家には持って帰るな!
お前のライフル銃をぶっ放す音が聞こえたら、ふし穴から下の居間を覗きこめ。
そうすれば、オレが思うに、フィムファールムをすぐにでも試すことができるだろう」
そこまで言うと、悪魔は水車小屋へと消えていきました。

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ウェス・アンダーソン監督『犬ヶ島』をシネ・リーブル神戸に観に行く。
『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014年アメリカ)の、華やかなのに静謐な画面が印象的だった。今度の作品はストップモーションアニメ(コマ撮りアニメーション)だという。

20年後の日本、雲丹(うに)県メガ崎市が舞台、小林アタリ少年が“犬ヶ島”に追放された、自分の護衛犬のスポッツを救出に行く話。
「ヘンな日本」てんこ盛りなんだけど、アニメのせいか、そう気にならない。
しかも、ヘンなんだけど、音楽とか、妙にばっちりとはまっている。
これをコンピュータグラフィックスをほとんど使わず、コマ撮りでつくったって、すごい。

アニメのよしあしというのは、わたしはわからない。
たとえば、犬を、ある民族や、排斥される外国人集団や、「ドッグ病」をAIDSの例えとして、読み替えて観ることも可能だろうけど、「犬がいちばん大好きな年頃である12歳の少年と、その愛犬の話」として、ただ楽しんだ。

ともかく、見たこともない国ひとつ、街ひとつ、島ひとつをつくり上げた創造性はすごいと思う。
(最近のアニメの、写真だか映像だかをそのまま転換しただけのような、街や自然の画面は、おもしろくもなんともない。)
あと、声優のキャスティングのセンスもすばらしい(アタリを演じたコーユー・ランキンの、ネイティブのものだけど、微妙にたどたどしさがあり、そして少年特有の高潔さに満ちた日本語、ぱっと耳にするだけで美女であることがわかるスカーレット・ヨハンソン、出番は少ないながら優秀な医師の渡辺謙、etc.)。

(2018年6月1日付「朝日新聞」夕刊掲載の、「瓦礫の前で呆然と立ち尽くすしかなかった我々日本人への、アンダーソンのひそやかな応援歌なのである」と締めくくられる柳下毅一郎さんの映画評は、ほかの映画評とは違うまなざしで、よかった。)
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映画のあとは、「さかばやし」で鰆のしゃぶしゃぶ、穴子と丹波・婦木(ふき)農場の野菜の天ぷら、おそばと日本酒を楽しんだ。

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2017年12月21日にうちにやって来た(わたしが買ってきたわけだが)、桜文鳥のアボットくん。
もう挿し餌は卒業していたけど、お店のおじさんには、
「移行期だから、水に漬けた餌と、普通の餌と、両方用意して。
それから、あったかくしてな」
といわれたので、11月5日生まれぐらいなのかなと思っている。

飼育書によると、3カ月ぐらいで、ヒナ毛が抜けて、頭が黒くてほっぺたが白い、いわゆる桜文鳥模様になるらしい。
そして年明けから、ちょいちょい毛が抜け始め、頭が黒くなってはきたが…2月になっても3月になっても、それどころか4月になっても、換羽しきらない。
文鳥サイトを検索してみたところでは、個体差があり、6カ月かかる文鳥もいるらしい。

3月ぐらいにようやく体重測定ができて(ビビリなので、台所用のスケールを怖がって、乗せることがなかなかできなかった)、21グラム。
25グラム前後が平均的体重ということで、体が小さすぎるのではと、4月からは、ビタミン剤もやるようにし、餌も高カロリーブレンドのものにしてみた。
すると、今月、24グラムに増えていたらしい(手に乗せるとずっしり感があるし、遠目に見ても明らかに大きくなった)。
そのおかげか、ヒナ換羽も目に見えて進行しはじめ、長い羽が毎日のように抜け、頭は白い羽軸だらけのツンツンヘアに。
そして、先週まではヒナっぽかったのに、週末で一気に、桜文鳥へとほとんど変貌してしまった。

喜ばしいけど、ヒナっぽさが消えて、なんだかさびしくもある。
親心みたいなもんでしょうかね。
たかが文鳥だけど。
なので、うちに来た翌日のアボットくんの写真をアップします。
かわいいなぁ。
このころが懐かしい(3週間ほどはまったくなつかなくて、餌を変えたり青菜を変えたりするたびに、大パニックになってツボ巣の上に逃げこんだり、カゴから脱走したり、いわゆる「手乗り崩れ」文鳥になるのかなと、あきらめていたほどだった)。

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チケットが発売されてからしばらくは、この『海賊』を観に行こうとは思っていなかった。
けど、BS-TBSで、このバレエ団所属の日本人ダンサーと、ルグリ版『海賊』についての番組を見て、行くことにした(ウィーン国立バレエ団は、2010年にルグリが芸術監督に就任するまでは、主役級には外から大物を呼んでくることが多く、ダンサーの明快な階級制度もなくて、ダンサーが目標をもって研鑽を重ねていきづらい状況だったという。そこを、ルグリが階級制度を設けるなど改革していき、バレエ団の質を上げていったという。それは、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートの中継を毎年観ていて、そこに出演するバレエが昔は退屈だったのに近年おもしろいものになっていることからも、実感できる)。

『海賊』全3幕
振付:マニュエル・ルグリ(マリウス・プティパに基づく)
美術・衣裳:ルイザ・スピナテッリ
ドラマツルギー・台本:マニュエル・ルグリ、ジャン=フランソワ・ヴァゼル(バイロン他に基づく)
音楽:アドルフ・アダン他
(構成:マニュエル・ルグリ 編曲:イゴール・ザプラヴディン)

リーフレットより
〈バレエ界が手放しの賞賛を贈ったこの版の驚くべき特徴は、アリが登場しないということ。ルグリは台本を徹底的に研究し、首領コンラッドとメドーラの恋物語に焦点をおきました。さらには、埋もれていたアダンの楽曲で構成された第3幕のオダリスクや、『シルヴィア』の音楽を使用したメドーラとコンラッドの美しいパ・ド・ドゥなど、ルグリ版だけで見ることのできる踊りを追加。〉

感想は…そうね、正直にいうと、BS-TBSの番組も、NHKで放映された『海賊』も、うまく制作していたな、という感じ。
メドーラのリュドミラ・コノヴァロワは、
「ボリショイ・バレエ・アカデミーで学び、ロシアでのキャリアを経て、ウィーン国立バレエ団に移籍」
というだけあって、足首のやわらかい、すばらしい踊りを見せてくれた。
コンラッドのデニス・チェリェヴィチコは、回転などで、ハッとさせる技量を持っている。
神戸出身の橋本清香も、コノヴァロワのロシア的な踊りとは違うものの、すてきな踊りを披露。
ご主人の木本全優(まさゆう)さんは、遠目では西洋人ダンサーと見紛うスタイルのよさ、とてもよかった。

と、個々のダンサーは、それぞれ、とてもよかったけど、たくさん人が出てくるシーンになると、フェスティバルホールの舞台が狭いのか?(知らないので、ただ推測で書いているだけ)群舞のシーンや、パントマイムしながら動くシーンは窮屈そうなのに、全体的には、なぜだか、がらんとしている。
NHK放映の録画をまだ確認していないのだが、舞台装置をかなり簡略化している?とまで思わせた。
連れてきているダンサーの数も抑えたようで、パシャを先導だったか後ろで護衛だったかで旗を持って歩くだけのような人は、日本人を使っていたようだから、録画で見たのよりは、舞台に立っている人の数は、もしかしたら、少なかったのかもしれない。
にしても、奴隷市場のシーンなど、踊っている人以外は棒立ち、みたいな、なんの関わりもない、背景と化したような感じがした。

ルグリは、コンラッドとメドーラの恋物語としてストーリーを整理したために、コンラッドの弟分のアリをカットした、と言っているけど、それも本当かもしれないけど、このバレエ団の男性ダンサーの層が、それほど厚くないためではないか、という気もする。

チェリェヴィチコは、テクニックは申し分ないけど、なんというかなぁ、複数の男性ダンサーが舞台に立っているときに、圧倒的に彼に目が行ってしまう、という、いわゆる「華」は、今のところ、ない。
奴隷商人や、友人との差が、ない。
やはり、筋立てからいうと、踊りでも存在感でも、他を圧倒してほしいところ。

などなど、いろいろと言ってしまったけど、カーテンコールにはルグリも出てきてくれたし、ガラ公演方式で、出演者が一列になって、ダーッと舞台の前のほうまで走ってくる式で、何度も、挨拶してくれた。
ルグリがいちばん華がある…。

フェスティバルホールの客層の悪さは相変わらず、わたしは3階最前列の中央ブロックで見たけど、端のほうは、空きが目立った(平日だったしね…)。
女性を連れた男性が、そんな3階最前列端の、ある席に座っていたら、開演前だったか、1幕終わったときだったかに、係員に注意されて、本来の席であろう、もっと後方に戻っていた。
そんなことする人がいるのかー。しかも、女性連れで。
その男性は、驚くべきことに、カーテンコールのときには懲りもせずに、また最前列に座っていた(連れの女性は呆れたのだろうか、先に会場を出たのだろうか、男性一人だった)。
梅田芸術劇場では、劇後の出演者トークの際、やはり、その席の人が帰ってしまって空いた席に座りにきた、より後ろの席の人を、係員が戻らせていたが。
フェスティバルホールの係員は、もっと仕事をするべきだ。

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◆2018年5月13日
ロイヤル・オペラ『カルメン』(TOHOシネマズ西宮OS)
【作曲】ジョルジュ・ビゼー
【演出】バリー・コスキー
【指揮】ヤクブ・フルシャ
【出演】アンナ・ゴリャチョーヴァ(カルメン)、フランチェスコ・メリ(ドン・ホセ)、コスタス・スモリギナス(エスカミーリョ)、クリスティナ・ムヒタリアン(ミカエラ)

先月観た『魔笛』の演出家、バリー・コスキーの演出ということで興味が湧いて、観に行く。
カルメンの最初の登場時のゴリラの着ぐるみだけはよくわからなかったけど、それ以外は、斬新で美しく、かつ物語をよくわからせる演出で、「天才」と評されるのがよく理解できた。

舞台装置は、タカラヅカのレビューのような大階段のみ。
それが煙草工場の女性工員と兵士たちが出会う広場になり、密輸団がひそむ山中になり、カルメンがホセの愛を拒絶する闘牛場になる。
主要キャストたちも合唱団も、階段を駆け上がり、駆け下りる(すごい運動量!)。
第1幕、ホセがカルメンを縄で捕らえたとき、ああ、絡め取られたのは逆にホセのほうだ、と思わされた。これを視覚的に見せたコスキーのすばらしさ。
また第2幕、エスカミーリョと闘牛に現われた、大階段の上から下までを覆うほど長く裾をひく黒いドレスをまとった、まるで「黒衣の花嫁」のような、カルメンの圧倒的な美しさ(これは、美人でスタイルのいい歌手でないとできないよなぁ…)。
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そのあと、ホセとの口論のシーンでカルメンは、自分に追いすがり邪魔しようとするものすべてを捨て去ろうとするように裾を脱ぎ捨て、その裾にホセは情けなくすがりつく。
演出の見事さに感服するばかりだった。
最初のゴリラの着ぐるみと、最後、死んだカルメンが立ち上がり「やれやれ」のポーズをするのは、カルメンを支配しようとするマッチョで愚かな男たちを笑い飛ばす意図だろうか?
【追記】
オットがツイッターで知った情報によると、このゴリラは、マレーネ・ディートリッヒへのオマージュではないか、とのこと。
『ブロンド・ヴィナス』(1932アメリカ)という映画の、何かのショーのような場面で、大勢の若い女性の踊り子とゴリラが観客の前に登場して、しばらく場内を動き回る。
やがてゴリラは、腕の毛の長手袋を脱ぎ捨て美しい腕を見せ、顔のかぶりものを取り美しい顔を見せると、それはディートリッヒで、そしてすべての着ぐるみを脱ぎ去るというシーンがあるそうだ。
(YouTubeで見つけた。)

なるほど。
このオペラについて、インタビュアーは「ブエノスアイレスと1930年代のベルリンやパリ、ハリウッド経由セビリア行き」ということを言っていたものね。
そういうことか。
そういえば、ディートリッヒ演じる踊り子が大学教授を翻弄する『嘆きの天使』の雰囲気も、このコスキー演出の『カルメン』には漂っている。
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また、オーケストラはコスキーの斬新な演出を、確かな技術の演奏で、より魅力的なものにした。
(音楽は、通常使われる改訂版ではなく、ビゼーの初稿のものを多く使ったとのこと。)
(晩ごはんは、住吉の「鶏一途」。2回目。肉に、鶏特有のくさみがまったくなくて、ものすごくおいしかった。初めて行ったときはそこまで思わなかったのだが、緊張してリラックスしていなかったのだろうか。今田町に行った日、晩に近所の焼鳥屋に行って、そこが信じられないほどおいしくなかった…鶏ハムにまったく肉の味がせず調味料の味しかしないとか…ことによるトラウマを癒せた。)

◆2018年4月21日(土)
ロイヤル・バレエ『冬物語』(TOHOシネマズ西宮OS)
【振付】クリストファー・ウィールドン
【音楽】ジョビー・タルボット
【美術】ボブ・クローリー
【指揮】トム・セリグマン
【出演】ローレン・カスバートソン(ハーマイオニー)、平野亮一(リオンディーズ)、サラ・ラム(パーディタ)、ワディム・ムンタギロフ(フロリゼル)、マシュー・ポール(ポリクシニーズ)、ラウラ・モレーラ(ポーリーナ)

シェイクスピアの「冬物語」のバレエ化。
言葉の芸術の最高峰ともいえるシェイクスピアを、いったい、どうやって身体の芸術のバレエにするのだろう?
原作は、結末をかろうじて知るだけで、くわしくは知らなかったが、充分、楽しめた。
『不思議の国のアリス』では少女を演じたローレン・カスバートソンが、今度は一転、気品のある王妃かつ母親を演じた。
平野亮一さんも正確な技術で、突然に嫉妬に取り憑かれて不幸に陥った王を好演。
サラ・ラムは、彼女の独擅場、美しく汚れを知らぬ乙女パーディタにぴったりだった。
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ムンタギロフは意外に印象に残らなかったけど、役どころがそういうものかもしれない。
この作品、嫉妬に取り憑かれた王が妻を死に追いやり、結果、孤独な人生を送るということで、同じシェークスピアの「オセロ」や「リア王」、また登場人物の立場はちがうが「ハムレット」を思わせ、それらの作品とは異なり、大団円を迎えるところが、悲劇作品で非業の死をとげた人たちを救済しているようで、「もうひとつのオセロ」「もうひとつのリア王」「もうひとつのハムレット」といった趣きがあり、それもよかったなと思う。
(晩ごはんは、芦屋のフレンチ「イレラ」。)

◆2018年5月3日(木)
「ザ・スクエア 思いやりの聖域」(シネ・リーブル神戸)
2017年/スウェーデン・ドイツ・フランス・デンマーク
「フレンチアルプスで起きたこと」のオストルンド監督作品で、「ニューズウィーク日本語版」の映画評がおもしろそうだったので、観に行く。
皮肉が効いた作品だけど、主人公の学芸員クリスティアンを笑える大人って、いるのかな?
普通に働いて社会生活・家族生活を送っている人なら、程度の差こそあれ、あれぐらいのずるいこと、悪いことはしているんじゃないかなと(ごまかしをする、多少の不正をする、差別感情を抑えられない、他人を信じない、etc.)。
いや、だからといってクリスティアンを100%肯定するということではなくて、クリスティアンを批判する資格はあるのか?と。
(クリスティアンって、お酒を飲むときもインタビュアーとの情事のときも、モデルルームのように整えられた自宅にいるときも、リラックスしていなさそうで、なんだか気の毒。)
「ゴリラマン」のシーンは、長すぎると感じた。
クリスティアンが自宅マンションの共同ゴミ置き場で、少年の連絡先を必死で探すシーンなど、画面は非常に美しい。
(晩ごはんは、ハンター坂の「施記」。)

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シロッコファン(台所の換気扇)掃除の時期がやってきた。
ここ数年、毎年5月と11月にしている。ほどほど室温が高くて油汚れがゆるんでいて、暑すぎもせず寒すぎもせず、掃除をするのに苦痛でない時期。

使用するものは、こう変遷してきた。
粉石けん(まあまあ落ちる)→粉石けんと換気扇ファンブラシ(落ちるが、ゴム状になった汚れは残る…ので、古歯ブラシと割り箸でこそげ落とす)

今回は、おそうじペコさんと茂木和哉さん推奨の「酸素系漂白剤」を使ってみることにした。
検索してみると、「塗装が剥がれた」という記事も散見されたけど、もう20年以上使用しているシロッコファンだし、そもそも最初の13年、まったく掃除しなかったせいでとても汚れてしまい、塗装が剥がれたところで、どうということはない。

5リットルのお湯に40グラムの酸素系漂白剤を入れて、1時間、浸け置く。
その後、古歯ブラシでこすって洗い、水で流した。
粉石けんと換気扇ファンブラシよりは、汚れが落ちたような気がする。
手間は、圧倒的にラク。
次回からも、これだな。
しかし、この話題のときに毎回、書いているような気がするけど、揚げ物は2カ月に一度ぐらいしかしないのに、シロッコファンって油汚れがこびりつくものなんだなぁ。


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ゴールデンウィーク最後の土日、松山城と宇和島城を見に、愛媛県へ行ってきた。

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伊丹空港から松山空港へ。
うわさの、ポンジュースが出てくる蛇口(※有料です)。
(続きます。)

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