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米原万里さんの闘病

米原万里『打ちのめされるようなすごい本』(文春文庫)を読んでいて、闘病経過が飛び飛びで何カ所かに出てくるので、時系列にまとめてみた。
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◆2003年10月 卵巣嚢腫の診断を受け、内視鏡で摘出手術、すると、嚢腫と思われていたものが、癌であったと告知。
 Y病院のS医師「開腹し転移の恐れがある卵巣の残部、子宮、腹腔内リンパ節、腹膜を全摘し、進行期を確認した上で抗癌剤治療」。
 米原さんがセカンド・オピニオンを求めたいと述べたところ、S医師が診療情報の提供を拒否、S医師には「今後一切関わるまい」と決意。
 J医大O医師、以下の4つの治療プランを提案。
 1)S医師と同じ。
 2)抗癌剤投与をした上で開腹し、残りの卵巣、子宮、関係リンパ節などの除去。
 3)抗癌剤を投与しつつの様子見。
 4)何もせずに様子見。
 O医師は、自分の勧めるのは1)だが、4つの案のうちどれを選択しても対応すると言う。米原さんは4)を選択。セカンド・オピニオンを求めた近藤誠医師もその選択を支持。

◆「活性化自己リンパ球療法」を受けに、瀬田クリニック系列新横浜メディカルクリニックへ。
 1回約26万円、1クール6回、3カ月で約156万円。

◆2005年2月ごろ 左そけい部リンパ節へ転移が判明。(最初の手術より1年4カ月)
 J医大O医師、患部のリンパ節および転移可能性大のリンパ節すべてと原発である卵巣残部および子宮の切除、その後の抗癌剤治療を提案。
 セカンド・オピニオンを求めた近藤誠医師は、手術も抗癌剤も再転移の可能性大なので、効果が望めないだろうと言う。

 米原さんは、安保徹の「癌患者は免疫抑制状態にあり、それを解除するだけで癌は自然退縮に向かう」という理論に魅力を感じていたので、免疫を強烈に抑制し、肉体へのダメージが大きい三大療法(手術、抗癌剤、放射線)を避けたいと考える。

◆同年2月半ば 「血液浄化の食餌療法」を受けに、お茶の水クリニックへ。
 診断は、「食餌療法と吸玉療法を徹底してやれば、半年後には完治するだろう」。
 「強化食品」と「薬草茶」を数種処方され、代金は10万円超。近藤誠医師の言葉「いかがわしいものであればあるほど、大金を支払わされている」を思い出し、返品。ただし、食餌療法と運動療法は取り入れることに。

◆?月 「温熱療法(ハイパーサーミア)」を受けに、千代田クリニックへ。
 1クール8回、検査費を含めて2万円強(保険適用)。
 患部を温めていく際の痛みが耐えがたかったので、院長に「部分麻酔を使えないものか」と尋ねると、「貴女には向かない療法だから、もう来るな。払った費用は全額返す」と言われる。

◆?月 「刺絡療法(自律神経免疫療法)」を受けに、東京近郊のZクリニックへ。
 治療についての質問を重ねていくと、「いちいちこちらの治療にいちゃもんをつける患者は初めてだ。治療費全額返すから、もう来るな」と言われる。

◆2006年2月ごろ? 抗癌剤治療。直後の1週間は凄まじい嘔吐と吐き気、3週間以上経過してからも後遺症に苦しむ。J医大O医師は、2回目の抗癌剤治療開始を勧める。

◆同年4月末 自宅療養。「私は寝たきりよ。原稿も一本を除いては全部断って、家で寝てるの」(『言葉を育てる 米原万里対談集』ちくま文庫 黒岩幸子「素顔の万里さん—解説にかえて」より)

◆同年5月25日、自宅で死去。56歳。

この経過について、上にも引用した「素顔の万里さん」で、黒岩さんは、こう書いている。

「(死後に出版された)読書日記を読みながら、何度も私は「米原万里よ、もういい加減にしないか、つまらぬ療法に関わらずに、思い切ってメスで切ってしまえ」と叫びたくなった。特に医師たちとの軋轢があったことを思わせる箇所では、声を上げて泣かずにはいられなかった」

黒岩さんの心情はよく理解できる…ほんとうに、この『打ちのめされるようなすごい本』を読んでいると、そう感じられるのだ。
かといって、○○療法はともかくとして、米原さんの最初の選択が、そう愚かなものだったとも思えない(その証拠に、O医師も、第一選択ではないものの、結果としてその選択を認めているし、近藤誠医師も支持したという)。
結局は、初回の手術が長期の延命につながるタチのいいガンか、そうでないかというだけの、単なる「運」ということなんだろうか。

あ、でもこれは闘病記ではなく(とはいえ、闘病のことが通奏低音のようにずーっと響いている感じではあるが)、書評集としても、米原節を楽しむにも、いい本です。
調布にいるころに図書館で借りて読んだ、千野栄一『言語学フォーエバー』を再読したくなり、アマゾンマーケットプレイスで買ってしまった。
by boyo1967 | 2009-05-12 23:06