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PSYCHOLOGICKY TEST(13)

カサモリ判事は基本的には警察の論拠に異論はなかった。というのは老婦人と関係があって、生前に家を訪ねたことのある人は全員、徹底的に取り調べられて、一人残らず容疑者から除外されていたからだ。老婦人からカネを借りていた人も、部屋を借りていた人も、たまたま知り合った人も(フキヤ・セイイチロウも当然のことながら、警察が取り調べたうちの一人だった)。
更なる容疑者は出てこなかったので、こう結論する以外なかった。犯人は、実際に重要かつまさに唯一の容疑者であるサイトウである。
さらに事態をものすごく悪くしたのは、サイトウが生来、気が小さくて臆病だったことだ。それゆえ、取り調べ室ではやすやすと恐ろしい雰囲気に飲まれて、厳しい取り調べに際して、はっきりと納得のゆくように答えることができなかった。
サイトウはたやすく分別を失っていたから、しばしば、それまで自分が主張していたことも否定し、よく知っているはずのことを忘れていて、自分にとって好ましからぬ現実を不必要に招いていた。神経過敏になり、短気になっていたから、自分に対する、ますます膨らみゆく疑念を引き起こしていた。
サイトウの弱みは、老婦人のカネを盗ったことだった。さもなければ、サイトウのような理性的な人間が、あんなふうにおぼつかない振る舞いをしたり、次から次へと間違いをしでかしたりしなかったろう。
人々はサイトウに憐憫の情をもよおした。
けれど、それにもかかわらずカサモリ判事は、サイトウが本当に人殺しであるかどうか、確信を持てないでいた。
ただ、サイトウのことを容疑者と見ているだけだった。
サイトウ自身は自白はしておらず、サイトウの罪について、説得力のある証拠はなかった。

そうして殺人から丸一カ月が過ぎたが、予審はずっと続き、いまだ終わっていなかった。
カサモリ判事は少しばかり神経過敏になり、焦り始めた。
ちょうどそんなとき、カサモリのもとに、老婦人殺害事件の管轄区域の警察署長から、気持ちを奮い立たせるような情報がもたらされた。
つまり、殺人の起こった日に、警察署に五千二百数十円が入った札入れが届けられた。その札入れは、老婆が殺された家からほんの二、三ブロックのところでフキヤ・セイイチロウという大学生が見つけたものであり、そのフキヤは、容疑者であるサイトウの親しい友人だというのだ。
明らかに誰かの不注意から、その届け出に、そのときまで注意が払われなかったのだった。
しかしながら、そんな大金の入った札入れの持ち主が、丸一カ月ものあいだまったく届け出なかったことが、その警察署長の注意を引いた。
これにはなんらかの意味があるのではなかろうかとピンと来て、念のため、署長はカサモリ判事に情報を渡したのだった。

絶望していたカサモリ判事は、この情報を聞くと、あたかも突然、遠いところに光が差したかのような気がした。
すぐさまフキヤを呼び出すよう命じたが、カサモリのあらゆる努力にも関わらず、厳しい取り調べは本質的にはなんの成果もあげられなかった。
「どうして、老婦人殺害事件に関する取り調べの際、こんなに多額の現金の入った札入れを拾ったことを話さなかったのか」という質問に、フキヤはこう言った。「札入れと殺しとに関係があるなんて想像もしませんでした、だってお婆さんのカネは、サイトウの腹巻きから見つかったんでしょう?」
どうしたら想像できようか、道でたまたま見つけたカネが、殺されたお婆さんの財産の一部でもあったなど。

【江戸川乱歩原文】
笠森判事とても、その主張に一理あることを認めないではなかった。というのは生前老婆の家に出入りした形跡のある者は、彼女の債務者であろうが、借家人であろうが、単なる知合であろうが、残らず召喚して綿密に取調べたにも拘らず、一人として疑わしい者はないのだ。蕗屋清一郎も勿論その内の一人だった。外に嫌疑者が現れぬ以上、さしずめ最も疑うべき斎藤勇を犯人と判断する外はない。のみならず、斎藤にとって最も不利だったのは、彼が生来気の弱い質で、一も二もなく法廷の空気に恐れをなして了って、訊問(じんもん)に対してもハキハキ答弁の出来なかったことだ。のぼせ上った彼は、屡々以前の陳述を取消したり、当然知っている筈の事を忘れて了ったり、云わずともの不利な申立をしたり、あせればあせる程、益々嫌疑を深くする計りだった。それというのも、彼には老婆の金を盗んだという弱味があったからで、それさえなければ、相当頭のいい斎藤のことだから如何に気が弱いといって、あの様なへまな真似はしなかっただろうに、彼の立場は実際同情すべきものだった。併し、それでは斎藤を殺人犯と認めるかというと、笠森氏にはどうもその自信がなかった。そこにはただ疑いがあるばかりなのだ。本人は勿論自白せず、外にこれという確証もなかった。
 こうして、事件から一ヶ月が経過した。予審はまだ終結しない。判事は少しあせり出していた。丁度その時、老婆殺しの管轄の警察署長から、彼の所へ一つの耳よりな報告が齎(もた)らされた。それは事件の当日五千二百何十円在中の一個の財布が、老婆の家から程遠からぬ――町に於て拾得(しゅうとく)されたが、その届主が、嫌疑者の斎藤の親友である蕗屋清一郎という学生だったことを、係りの者の疎漏(そろう)から今日まで気附かずにいた。が、その大金の遺失者が一ヶ月たっても現れぬ所を見ると、そこに何か意味がありはしないか。念の為に御報告するということだった。
 困り抜いていた笠森判事は、この報告を受取って、一道の光明を認めた様に思った。早速蕗屋清一郎召喚の手続が取り運ばれた。ところが、蕗屋を訊問した結果は、判事の意気込みにも拘らず、大して得る所もない様に見えた。何故、事件の当時取調べた際、その大金拾得の事実を申立てなかったかという訊問に対して、彼は、それが殺人事件に関係があるとは思わなかったからだと答えた。この答弁には十分理由があった。老婆の財産は斎藤の腹巻の中から発見されたのだから、それ以外の金が、殊に往来に遺失されていた金が、老婆の財産の一部だと誰れが想像しよう。

by boyo1967 | 2019-09-01 23:11 | チェコ・中欧・スラヴ | Comments(0)