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PSYCHOLOGICKY TEST(17)

それに続いたのは、言語連想に基づく試験のさまざまな練習だった。
これらについてはフキヤはさほど心配ではなく、それどころか、いかにたやすく嘘でごまかすかという勝算を、そこに見いだしていた。というのは、言葉だけの問題だからだ。
これらの試験をどう実施するか、いろいろな方法があったが、精神科医や精神分析専門医が患者や容疑者を検査するのにもっともよく用いたのは、まさに言語連想を利用する診断法だった。診断に際しては、次々と素早くいろいろな語を示し―たとえば障子、椅子、インク、あるいはペン―そして医者たちは、被験者にそのとき思い浮かべた語をできるだけ素早く述べさせようとする。
その際、真っ先にその人が思い浮かべた語を言わなくてはならない。
たとえば、「障子」という語から連想される可能性があるのは、「窓」「手すり」「敷居」「紙」あるいは「戸」といった語だ。その際、そういった語のどれも、語そのものは重要ではない。
それら事件と関係のない語の合間あいまに、さりげなく、たとえばこんな語が加えられる、「ナイフ」「血」「カネ」あるいは「財布」。犯罪に関係のある語であり、まさに、そのときに容疑者の思い浮かべた言語連想が、詳細に分析されることになる。

ものすごく不注意な人間ならば、この老婦人殺しの事件では、「植木鉢」という語に対して無意識のうちに「カネ」という語で反応するかもしれない。というのは、「植木鉢」という語は、カネをまさに植木鉢の底から盗んだことを連想させるからだ。
そんな言語連想によって、不注意な人間は事実上、自白することになるだろう。
けれでも、少しでも思慮深い人間ならば、「カネ」という語が思い浮かんだとしても、それは口にせず、その代わりにたとえば「陶器」という語を言うだろう。

その種のごまかしを防ぐ方法が、基本的に二つある。
その一つは、すでに使われた語を少ししてからもう一度繰り返すことである。
自然に思い浮かんだ連想は、その後、大抵は最初のものと異なることはないが、意図的につくられた答えの場合、語が繰り返された際、容疑者は二度目は十中八九、違う言葉で答える。
たとえば、「植木鉢」という語に対してなら、一度目は「陶器」という語で反応し、二度目はたとえば「土」という語を言ったりする。

欺こうとする努力を暴くもう一つの方法は、答える速度を、特別な機器の力で正確に計測して、比較することだ。
たとえば「障子」という語と、「戸」という答えとのあいだに一秒、間があった。一方、「植木鉢」という語と「陶器」とのあいだは三秒だった。それが意味するのは、被験者が疑わしいということである。なぜならば、後者の場合、自然に思い浮かんだ言語連想を抑圧して、考えて、違う答えを選ぶための時間が必要だっったからである。
その際、しばらくの沈黙は、与えられた刺激となるキーワードに対して反応するときだけではなく、あとに続く、事件とは無関係の語に対する反応速度にも影響することもある。

【江戸川乱歩原文】
 さて次には、言葉を通じて試験する方法だ。これとても恐れることはない。いや寧ろ、それが言葉である丈けごまかし易いというものだ。これには色々な方法があるけれど、最もよく行われるのは、あの精神分析家が病人を見る時に用いるのと同じ方法で、聯想診断という奴だ。「障子」だとか「机」だとか「インキ」だとか「ペン」だとか、なんでもない単語をいくつも順次に読み聞かせて、出来る丈け早く、少しも考えないで、それらの単語について聯想した言葉を喋らせるのだ。例えば、「障子」に対しては「窓」とか「敷居」とか「紙」とか「戸」とか色々の聯想があるだろうが、どれでも構わない、その時ふと浮んだ言葉を云わせる。そして、それらの意味のない単語の間へ、「ナイフ」だとか「血」だとか「金」だとか「財布」だとか、犯罪に関係のある単語を、気づかれぬ様に混ぜて置いて、それに対する聯想を検べるのだ。
 先ず第一に、最も思慮の浅い者は、この老婆殺しの事件で云えば「植木鉢」という単語に対して、うっかり「金」と答えるかも知れない。即ち「植木鉢」の底から「金」を盗んだことが最も深く印象されているからだ。そこで彼は罪状を自白したことになる。だが、少し考え深い者だったら、仮令「金」という言葉が浮んでも、それを押し殺して、例えば「瀬戸物」と答えるだろう。
 斯様(かよう)な偽(いつわ)りに対して二つの方法がある。一つは、一巡試験した単語を、少し時間を置いて、もう一度繰返すのだ。すると、自然に出た答は多くの場合前後相違がないのに、故意に作った答は、十中八九は最初の時と違って来る。例えば「植木鉢」に対しては最初は「瀬戸物」と答え、二度目は「土」と答える様なものだ。
 もう一つの方法は、問を発してから答を得るまでの時間を、ある装置によって精確に記録し、その遅速によって、例えば「障子」に対して「戸」と答えた時間が一秒間であったにも拘らず、「植木鉢」に対して「瀬戸物」と答えた時間が三秒間もかかったとすれば(実際はこんな単純なものではないけれど)それは「植木鉢」について最初に現れた聯想を押し殺す為に時間を取ったので、その被験者は怪しいということになるのだ。この時間の遅延は、当面の単語に現れないで、その次の意味のない単語に現れることもある。

by boyo1967 | 2020-01-13 22:10 | チェコ・中欧・スラヴ | Comments(0)